宗右衛門 『鉄道ジオラマの世界』 作品集   『春の記憶』シリーズ
            

◆「桜路(さくらみち)」 (2004年)

                        その会社に就職して、この春で2年目をむかえた。
                        僕の勤める会社は、出版関係の小さな会社だ。
                        勤め始めてからの毎日は、覚えなくてはならないことばかりで、毎晩遅くまで職場に残って仕事をすることは、
                        苦痛を感じたりすることもしばしばだが、それでも何かと新たな発見があって、「楽しい」と思える毎日だ。

                        1年振りに訪れた公園は、桜がちょうど見ごろだった。
                         会社からその公園までは、JRとローカル線を乗り継いで小1時間ほどかかるが、会社の周辺でこれだけ立派な花見がで
                         きる場所は、ここ以外にないのだ。
                         「桜路公園」というその公園は、その名の通り、ローカル線を挟んで桜の杜が広がる緑地で、このローカル線の沿線では、
                        有名な観光地でもあるようだ。

                        実は、この公園で昨年の4月、僕の「新入社員歓迎会」と称して「花見の宴」が催された。
                        「花見をしながら歓迎会をすると、あっという間に人間関係がつくれる」というのが、社長の考えのようだった。
                        確かに、去年の僕は、花見の歓迎会を期に、この会社と社長をはじめとする社員に溶け込むことができたような気がする。
                        まぁ、社員といっても、会社の従業員は社長から僕までを含めて16人だから、溶け込みやすいといえばそうなのだが…。



 

                      昨日、仕事を終えて帰り支度を始めると、専務が僕を手招きした。ちょっと嫌な予感がしたけど、なんせ専務には逆らえない。
                       専務が手招きで僕を呼ぶときは、たいがい「呑みに行こう!」と誘われるか、「明日の仕事はこれ!」と厄介な仕事を押し付け
                       られる…、いやいや、「厄介な仕事」でなくて「勉強になるありがたい仕事をいただく」ことが多いのだ。
                       専務のひらひらと宙を踊る手に誘われるままに給湯室へ連れ込まれてしまった。
                       無言で、しかもニタリとした不気味な微笑みの専務…。 正しく「ありがたい仕事」がもらえる前振りに違いない。
                       「ほら、これ!」という一言とともに目の前に差し出されたのは、きれいに折りためられたブルーシート。
                      突然に差し出されたものだから、思わず受け取ってしまった。
                       「それと、あそこのクーラーボックスも忘れないでな。」と専務。
                      きょとんとした僕の顔を見ると、僕が何も理解できていないことに気付いたのだろう、「明日、歓迎会だろ。朝から花見の場所取
                      りしておかないとさ。桜も満開だというからさ。」


                      スーツ姿で、ブルーシートを抱えたり、ふたつのクーラーボックスを両肩に掛けて、通勤電車に乗るのは恥ずかしかった。
                      結局、昨晩は、専務に言われるままに、「朝から花見の場所取り」が今日の僕の仕事になったのだ。
                       でも、考えてみると、きっと、去年も新入社員の僕のために、誰かが「花見の場所取り業務」をしてくれたに違いないのだ。

                      今年、入った社員のために、僕は「今日の仕事」を確実に遂行しなくてはならない。



               早朝の公園って気持ちがいいものだ。 満開の桜の下ともなればなおさらだ。
               「線路脇の斜面が、毎年の指定席」と専務に言われた言葉を思い出し、早速「花見の宴」の場所を確保。

               ブルーシートを敷き、暖かな春風に飛ばされてしまわないように、隅にクーラーボックスを置く。
               あっけなく「今日の仕事」は終了してしまった。
               あとは、夜になるまでここでのんびりと過ごすのが、「今日の仕事」なのだ。
               今日まで、ほとんど毎日が残業だったので、仕事とは言えのんびり1日を過ごして疲れを癒せ、というのも専務の心遣いのようだ。
                が、実際のところ、公園の1箇所で1日中ボンヤリとしているというのは、疲れを癒すどころか拷問に近いかもしれない。
                だって、まだ、午前8時半だし。「花見の宴」開始までは、あと10時間もあるし…。




               こんなことなら、書類の一式でも持ってくればよかったかな…。
               せめて、話し相手でもいてくれれば、少しは時間の経過も早く感じるのだろうな…。

               でも、線路を行き交う電車を眺めていると、次の電車がやって来るのが待ち遠しくなるものだ。
               およそ15分間隔で、電車は運転されているようだ。
               時間帯で乗客の数や年齢層も変るし、次の電車はどんな電車で、どんな人々が乗っているか、待つ楽しみと期待が膨らむから不思議だ。

                線路の向こう側で、おじさんが絵を描いている
               絵のことはよくわからないが、時間を追うごとに桜のある風景がキャンバスに浮かび上がってきて、見ていて飽きない。
                花の茂みに犬がいるぞ。 久し振りにちょっと犬と遊んで時間をつぶしてみるか。
                意外と、辺りを見渡してみると、色々なことが気になるもので、いい気分転換にもなる。決して退屈じゃない。

                線路脇の斜面が指定席…。
                その理由が少し、わかったような気がしてきた…。
                「花見の宴」までの時間が、何となくワクワクした気分で過ごせそうだ。

   

                          ◆ 人    物   TOMIX社・KATO社製品を加工・着色
                          ◆ 車    輌   グリーンマックス社製品を加工・着色
                          ◆ その他ストラクチャー  自 作

ユタカ模型 様 蔵 (茨城県水戸市)

 

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